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   <title>年中行事のしきたり・マナー</title>
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   <title>ダルマ</title>
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   <published>2007-05-16T09:30:52Z</published>
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   <summary>ダルマ</summary>
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      ダルマは、倒れてもすぐに起き上がることから七転び八起きダルマとも呼ばれ、商売繁盛や隆運の縁起物として、神社やお寺の縁日などで売られます。
歳末から３月ごろまでは全国各地でダルマ市が開かれています。
ダルマは、室町時代に作られていた起き上がり玩具がルーツですが、江戸時代になってダルマとして登場してから、急速に売れるようになりました。
ダルマは、実在した達磨大師の座禅姿がモデルです。

現在売られているダルマは、両方の目が白いままのものがほとんどで、願を掛けるときに片方の目を黒くしておき、願いがかなったときに、もう一方の目を黒くしたりします。
昔、関東地方の養蚕農家などで春の繭が良ければダルマに片目を入れておき、秋の繭の良いと、もう一方の目も入れる習慣から始まったといわれます。
また、目を入れることは目（芽）が出るという、めでたい語呂あわせの意味もあったということです

      
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   <title>招き猫</title>
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   <published>2007-05-16T09:31:46Z</published>
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      商売繁盛の置物として、招き猫が金運やお客を呼び込むと考えられています。
招き猫の由来には諸説があります。
一般には豪徳寺にまつわる逸話です。
ある日、彦根藩主の井伊直孝が鷹狩りの帰りに、寺の門前まで来たときのこと。
1匹の白猫現われ、右手を上げて、しきりに寺内に入るように招くので、直孝は誘われるように境内に馬を乗り入れた直後、激しい雷鳴とともに門前に落雷があったというのです。
災難を逃れることができた直孝は、その後、荒れ果てていたこの寺に莫大な寄進をして、さらに井伊家代々の菩提寺にしたといいます。
このとき、直孝を招きいれた猫の墓は、現在も豪徳寺の墓地の一角に猫観音として供養されているとのことです。
現在も、幸運を呼び込む招き猫伝説の元祖として門前ではいろいろな張り子の猫が売られています。

別の説では、浅草で駄菓子屋を営んでいた老婆が、あまりに流行らないので店を閉めようかと考えていたある夜のこと。
年老いた猫が夢に現われて、「こうした格好の置物を作ったら店は繁盛する」と告げ、夢とは思いながらも招き猫を作らせて店に置いたら、飛ぶように売れて大儲けをしたという伝説もあります。
そこから、商売繁盛の縁起物になったというのです。
中国の唐から猫が渡来した際、「猫面を洗って耳を過ぎれば即ち客到る」との言葉も一緒に伝来したとのことも、招き伝説のルーツがありそうです。
ちなみに一般的には、右手をあげている猫は、金運を、左手をあげている猫はお客を呼び込むといわれています。


      
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   <title>絵馬</title>
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   <published>2007-05-16T09:32:34Z</published>
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      社寺などの境内で見かける、馬の絵と願い事を書いた小さな板が絵馬です。
日本では古くから、神様が馬に乗って人間の住む俗世界に降りてきたという伝説があります。

奈良時代の「続日本紀」には、神様に生きた馬を奉納しえ祈願したということが書かれています。
しかし、神様に生きた馬を奉納するのは、経済的負担が大き過ぎたことからやがて馬形といって、土や木で作った馬を奉納するようになりました。
さらに板に馬の絵を描いて奉納するようになったのが、今日の絵馬の起源といわれます。

室町時代になると馬以外も描かれるようになります。
さらに桃山時代になると著名な画家が描いた絵馬も現われ、それらの絵馬を掲げるための絵馬堂が建てられたこともありました。
江戸時代になると、家内安全や子宝・母乳を授けてほしいといった切実な願い、商売繁盛という実利的な願いなどから絵馬を求めるようになり、民衆の間に絵馬による祈願の風習が広まっていきました。
現在では、受験生が天満宮に出かけて、合格祈願の絵馬を奉納する習慣が盛んです。
天満宮は、学問の神様といわれる菅原道真を祀った神社です。


      
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   <title>手締め</title>
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   <published>2007-05-16T09:33:33Z</published>
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   <summary>手締め</summary>
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      無事に物事が終わったときなど、お手を拝借！との掛け声で、一同が手締めの拍手をして解散することがあります。
酉の市で商売が成立したときに、売り手と買い手が手締めしたり、年末の証券取引所の大納会でも手締めで終わるなど、あちらこちらで手締めの光景を見かけます。
もともと手締めは、争い事でもめた同士が和解するとき、お互いに物騒な刃物などを持っていないことを示すために、指を開いてから拍手したことに始まるといいます。
大相撲で土俵に上がった力士が柏手してから両手を左右に広げるのも、同じような意味があるともいいます。
手締めの打ち方には、三本締めと一本締めがあります。
一本締めは三本締めを省略した形式的な手締めです。

      
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   <title>清めの塩</title>
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   <published>2007-05-16T09:34:25Z</published>
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      塩には、不浄やケガレを祓い、清める力があると考えていました。
神聖な場所などに供えたり、仏事のときは清めの塩として用いられてきました。
そもそも塩は人間が生きていくうえで欠かせないミネラルです。
昔の日本人にとって非常に貴重なものとして扱われてきました。
塩には、物が腐敗するのを防ぐ作用があり、塩に漬けることで長期保存が可能になることから、不思議な力があると考えられたのです。
ちなみに現在でも、家を建てるときの地鎮祭で土地を清めたり、大相撲で力士が土俵に塩をまいたり、お店の入り口に盛り塩をするなど、塩の神通力は変わってないようです。


      
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   <title>鬼門</title>
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   <published>2007-05-16T09:35:22Z</published>
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      もともと鬼門は、中国から伝わったもので、北東の土朔という山に大きな桃の木があって、そこに万鬼が集まることから鬼門を呼ぶようになったのです。
それが日本に伝わると、平安時代中期ごろから方位の吉凶を占ったり、邪気を祓ったりする陰陽道によって、鬼門は、鬼が行き来するといわれる「北東の隅」を指して、方角禁忌の考えが加わりました。
そのため、不吉なことが起きるということで北東の方角を避けるようになったのです。

また、鬼門にあたる北東の方角を表鬼門と呼び、反対の南西の方角を裏鬼門と呼んで、家などを建てるときにも、表鬼門・裏鬼門の方角に、玄関、便所、風呂場などを造ることを忌み嫌いました。
こうしたことから、鬼門除けという対策も講じられるようになり、鬼門に当たる方角の屋根に鬼瓦をつけたり、村では鬼門除けに鬼門堂を建てたりしました。
また、比叡山延暦寺は、平安京遷都のときに鬼門の凶害を避けるために建立され、江戸幕府も、江戸城の鬼門に当たる方角に東叡山寛永寺を建立したということです。


      
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   <title>宗教・信仰のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:45:39Z</published>
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      鰯の頭も信心から
普段は安魚と扱われる鰯も、節分の夜には、柊の枝に頭を刺して、邪気を払ったことから、鰯のような安魚でも、信仰しだいで貴重になると、若干皮肉を込めて示したものです。

苦しいときの神頼み
普段は信仰には無関心なのに、困ったときは、にわかに神に助けを求めて寄進したり、社寺に出かけて祈願することをいいます。
似たようなことわざに「せつないときの神たたき」というものもあります。

釈迦に説法
よくできた人に対して、未熟な人が知ったかぶりをしてお説法することです。
「釈迦に説法、孔子に悟道」ともいいます。

さわらぬ神にたたりなし
たたりをもたらす鬼神も、寄りつかなければ災厄をこうむることはないことから、危険なことやよけいなことに手を出したり、加わったりすることを戒めることわざです。
「君子、危うきに近寄らず」という言い方もあります。

知らぬが仏
いったん知ってしまうと、不愉快なことや文句をいいたくなることもあるので、むしろ知らないているほうが仏のように冷静でいられるということです。
「聞かぬが仏」「知らぬが仏、見ぬが神」ともいいます。

仏の顔も三度
もともとは「仏の顔も三度撫でれば腹が立つ」という京カルタの言葉です。
慈悲深い仏様でも、甘えて２度、３度とお顔を撫でれば、さすがに怒りだすということで、他人に頼みことをするにも節度が必要であるということです。


      
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   <title>正月行事のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:46:47Z</published>
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      門松の一夜飾りはいけない
１２月３１日ぎりぎりになって、門松を飾ってはいけないということです。
正月は年神様がやってきて、その年の幸運を授けてくれる大切なときなので、準備をしなければいけないという戒めです。
日本人がいかに正月を重要なけじめのときと考えていたかわかります。

門松は冥途の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし
一休禅師の有名な言葉です。
門松は正月の象徴であって、正月を迎えるこということは、めでたいことだが、それだけ歳を重ね、死に近づくということで、複雑な心境がうかがえる言葉です。

書初めの燃えさしが高く上がるほど、字が上手になる
正月２日に書いた書き初めを、小正月に持ち寄って焼く行事があり、そのときに燃えさしが高く舞い上がるほど、「手が上がる」つまり「上手になる」といって喜んだということです。

どんど焼きで焼いた餅を食べると丈夫になる
左義長と呼ばれる行事が原型で、焼いたときの煙に乗って、年神様が天に帰っていくと信じられ、この火で焼いた餅を食べると、１年間病気にならないといわれました。


      
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   <title>年中行事のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:47:42Z</published>
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      年取り豆の数だけ食べると病気にならない
節分にまく豆を年取り豆といい、腐った豆は、病気を打ち負かす力があると考えられていました。
まいたあと、その豆を自分の年の数だけ食べると、病気にならないといわれました。

八十八夜の別れ霜
立春から数えて８８夜目になると、そろそろ霜の下りる心配もなくなる時期ということです。
安心して農作業に入れるということです。

盆に殺生をしてはいけない
お盆は氏神を祀り、祖先を供養するときなので、魚を殺したりしてはいけないということです。
お盆の期間中は、出漁しないという風習の地域もあります。

棚からぼた餅
偶然、棚からぼた餅が落ちてくるような、ラッキーなことに出会うことで、昔、ぼた餅は、お盆などでなければ食べられないほどのご馳走だったのです。

冬至に南瓜を食べると、中風にならない
中風とは、脳卒中などによる手足の麻痺のことです。
もともと中国から伝わった行事で、寒さの本番を前に、冬に不足しがちな栄養をとるための生活の知恵といえます。
この日にゆず湯に入ると，風邪をひかないともいわれました。


      
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   <title>結婚のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:48:34Z</published>
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      縁は異なるもの
男女の結びつきは、理屈では説明ができない不思議さや面白さあるということです。
「縁は異なもの、味なもの」ともいいます。

小糠三合あったら婿に行くな
少しでも財産があるならば、入り婿などをしてはならないということです。
小糠との語呂合わせで、「来ぬか来ぬかと三度いわれても、婿と養子には行くな」といいます。
それほどに、気を使ったということです。

仲人はわらじ千足
縁談をまとめるために、仲人はわらじを千足も履きつぶしてしまうほど、あちこちを歩き回らなければならないほど大変であったということです。
「仲人の履物切らす」ともいいます。

嫁を貰えば、親を貰え
嫁を貰うときは、嫁を見るより本人の両親を見たほうが、結婚がうまくいくかどうかがわかります。
「嫁を見るより、親を見よ」ともいいます。

白無垢の衣装は、どんな家風にも染まる
嫁ぎ先の家風に合わせるように花嫁衣裳に白無垢を着るのだから、姑たちのいうことをきいて、早くその家に馴染んでほしいということです。

娘３人持つと家がつぶれる
昔の結婚は嫁入り支度などにお金が掛かったのです。
娘が３人もいれば嫁方の家は大変だということです。

      
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   <title>懐妊・出産のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:49:26Z</published>
   <updated>2007-06-01T14:48:07Z</updated>
   
   <summary>懐妊・出産のことわざ</summary>
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      案ずるより産むがやすし
女性にとって出産は大仕事ですが、実際に出産がすんでみると、心配していたほどのことはなかったなど、取り越し苦労を慰める言葉です。

一姫二太郎
初めての子は女の子で、次に男の子を作るのが理想であるということです。
最初の子供は何かと手がかかるので、女の子がよいというわけです。
「こどもは女の子１人、男の子２人が理想的」ということではありません。

田のくろをまたいで田植えをすると、お産が重くなる
農家に嫁いだ嫁が、妊娠中に田植えなどすると、畦をまたぐようなときに、転倒して流産することがあるので注意が必要だということです。
「くろ」とは畦のこと。

産後の百日、柿食うな
柿を食べると体を冷やすことがあるので、出産直後はしばらく食べないほうがよいのです。


      
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   <title>贈答のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:50:16Z</published>
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   <summary>贈答,ことわざ,しきたり</summary>
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      歳暮は事始めの日から
事始めとは、１２月８日に当たります。
地域によっては１２月１３日です。
すす払いなどをして、正月の準備を始め、その日に贈答するのが習わしで、とくに関西地方で、分家から本家へ、弟子から師匠へ鏡餅を持参するのが常となっていました。

貧者の一灯
たとえわずかな額であっても、貧しい人が差し出す寄進は、心に火をともすような、尊いものであるということです。

慶事には少なく、弔事には多く
慶弔の祝儀袋・不祝儀袋に金銭を包むときは、慶事のときは金額を少なくしても、弔事のときは金額を多めに入れよ、ということです。
弔事には今後の生活などを含めて、少しでも経済的にプラスとなるようにとの配慮がうかがえます。


      
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   <title>手紙のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:51:04Z</published>
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   <summary>手紙のことわざ</summary>
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      弘法にも筆の誤り
弘法大師のような書の名人でも、書き間違えることもあるので、どんな優秀な人でも、失敗はあるということです。

書、筆を選ばず
書家といわれるほどの人は、どんな筆や紙を使っても見事な字を書くということです。
「弘法、筆を選ばず」ともいいます。

文をもって友と会す
遠方の友人とも、手紙のやりとりによって会っているのと同様に、友情を温めることができるという心境を述べたものです。


      
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   <title>葬式のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:51:52Z</published>
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   <summary>葬式のことわざ</summary>
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      生は難く、死は易し
生きていくのは難しいが、死ぬのは簡単であるので、生きていくことを大切にしなさいということです。

さかさ水は不吉
死者を洗い清める湯灌のときは、普通とは逆に水を入れてからお湯を入れるということです。
日常生活でぬるま湯を作るときは、お湯に水を注ぐようにせよということです。

座敷履きはいけない
出棺のときには、座敷で履物を履いて、そのまま庭に下りたことから、靴などを座敷で履くのは不吉であるということです。

喪服のときは片化粧
喪服を着たときの化粧は、口紅をささない片化粧にしなさいということです。

親の五十回忌はめでたい
ふつうは弔いあげといって、１７回忌や３３回忌くらいが最終年忌であるのに、５０回忌をするということは、法要する側の人もそれだけ長生きしていることなので、めでたいかぎりであるということです。


      
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   <title>縁起のことわざ</title>
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   <published>2007-05-16T23:52:40Z</published>
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   <summary>縁起のことわざ</summary>
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      厄年の福は払い落としても、落ちず
厄年は悪いことばかりではなく、福がついたときは、ずっとツキが落ちないといわれます。

南竹薮、殿隣
家の南側に竹薮があると風通しや日当たりが悪く、また隣に主人や上司の家があると、なにかにつけて気をつかうので、どちらも避けたほうがいいということです。

吉凶は人によりて、日によらず
人が成功したり、失敗したりするのは、時や日によるのではなく、その人の行いによって決まります。
たとえ凶の日であっても、きちんとした行いをしていれば心配ない、ということです。

北枕で寝かせると、病人は全快しない
死者が出たとき、遺体を北向きにして枕飾りをすることから、生きている人が北枕で寝るのは縁起が悪いという意味です。

畳の上の怪我
安全なはずの家の畳の上でも、怪我することはあるから、いかなるときでも油断してはいけないという戒めの言葉です。


      
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